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2004.11.12

ナホトカ~ハバロフスク ~ モスクワに飛びました。’70年代英国ヨーロッパ一人旅行記(7)

habarofusuku_station_square_syukusyou 10月16日(火) ナホトカからハバロフスク行きの寝台特急ボストーク号の寝心地はそう悪くはありませんでした。朝、起きて窓の外を見ると白樺林ばかりでした。時たま見える家々はみすぼらしいものでした。 踏切には旗を振って列車に踏切が安全であることを知らせる信号手がいましたが、ほとんど女性ばかりでした。

 写真はハバロフスク駅前の広場で撮りました。ハバロフスクの街は、飛行機の出発が午後3時であり、時間が無くほとんど見ることができませんでした。それで、ほとんど印象的な思い出は残っていません。

 ハバロフスク空港から、モスクワ行きの飛行機に乗り込みました。機体は、イリューシン62だったと思いますが、自信はありません。何しろ、飛行機に乗る初めての経験でしたので、興奮しました。やはりソ連の飛行機だなと思ったのは、ファーストクラスなどなく、全部エコノミークラスで平等な飛行機だったのです。

 たまたま、窓側に座れたのですが、窓から見下ろしたシベリアの風景は、延々と雪と氷の大地でシベリア流刑の厳しさを実感させるものでした。

 モスクワのシュレメチボ空港には夕方到着しました。ロビーには交通公社の佐藤さんという60歳くらいの日本の男性が出迎えに来てくれていました。ところが、この人が少し酔っぱらっているらしく、バスの中でもマイクで「こんな所では、酒でも飲まなきゃやりきれませんよ。」などと平気でいう始末。しかし、不気味なKGBタイプのソ連人のガイドより皆の評判は良いものでした。

 空港からモスクワ市街地までは、50Kmくらいでしょうか、延々と白樺の林が続きました。すれ違う車は圧倒的に「ボルガ」というソ連製の車でした。ウクライナホテルの写真で、ホテルの前にある車がその車です。やがて、モスクワの灯が遠くに見えはじめたとき、車内がどよめきました。

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moscow_ukraina_hotel_syukusyou 今夜以降、滞在の宿となったのは写真のウクライナホテルです。
このホテルは、いわゆるスターリン様式という独特の巨大な建物で、建築によって国の威容を誇るといった風情です。モスクワ大学などもこのスタイルです。内部は、豪華絢爛ではありませんが、モスクワでは第1級のホテルで格調は高く感じられました。

 当時このホテルは、日本人が多く、というのは主だった日本企業の出先事務所がこのホテルに設けられていました。また、このホテルは、ソ連人が泊まるホテルではなく、外国人専用であったようです。

 割り当てられた部屋は、441号室で、同じツアーの時事通信社の人と同室でした。部屋には、テレビもラジオもありましたが、全然面白くない番組で、当然CMもありませんでした。

 はじめて、外国のホテルで過ごす一夜となりました。

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