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2004.11.15

モスクワのクレムリンを見学しました。 ’70年代英国ヨーロッパ一人旅行記(8)

moscow_redsquare_syusei 10月17日、ウクライナホテルの一室で目覚めました。横浜を出港して以来、初めて乗り物以外のベッドで眠ったこともあり、熟睡していました。

 朝食後、インツーリスト(ソ連国営旅行社)のアレクサンダーという若いガイドが来ましたが、日本語ができず英語での案内ということになりました。このガイドは、陽気で明るい人でした。

 まず、ホテルを出て、クレムリンに行きました。西のホワイトハウス、東のクレムリンで大変有名なところです。共産党の中枢ですが、それ以上に歴史的に由緒のある建物だそうです。

 ガイドのアレクサンダー氏は、一生懸命英語で説明してくれているのですが、悲しいことに私達のツアーの連中は私を含めて、ほとんど英語を解する人がいませんでした。彼が説明をはじめると、聞かないと悪いと思うのか、皆、アレクサンダーの周りに集まりますが、ものの1分もすると散り散りになってしまいました。

 彼も、しばらくするとこのツアーの英語力の低さが分かってきたのか、一番英語を解している様子の人に「今からは、大変解りやすい英語で説明します。」と大変解りやすい英語で説明したようですが、この人がまた、無責任にも彼の英語の説明に適当にうなずいていただけでしたので、その説明が全然解らず、アレクサンダーも困ってしまいました。すると、このやりとりを横から聞いていたツアーの一人、この人は少し英語が解る人でしたが、彼の説明を私達に通訳してくれたということもありました。

 クレムリンの内部を見学中、アレクサンダーが一台の電話を指しながら、「天国への電話です。」とジョークを飛ばしたのは、面白いなと思いました。

 なにしろ、ロシア史など全然知らずに、おまけにガイドの英語も解らない状況では、クレムリンを見ても面白いはずはなく、その後赤の広場、レーニン廟なども見学しましたが、ただ見るだけのことでした。

moscow_borishoi_syusei 夕食後は、6000人収容のボリショイ劇場にオペラを見に行きました。しかし、ツアーの参加者の大部分は、はじまってものの10分くらいで寝てしまいました。私も、15分くらいで白河夜船。中休みも知らないまま、オペラが終了すると起きましたが、何のオペラであったかは、今もわからずじまい。

 さすがのアレクサンダーもこれにはあきれ果ててしまったようでした。

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世界最大の国、ロシアのモスクワとサンクトペテルブルクを訪れたのは1994年。もう10年も前になります。学生だった当時は、今のようにデジカメもないし、旅行の記録を... [続きを読む]

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