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2004.11.06

ソ連のナホトカ港に向けてハバロフスク号に乗船 ’70年代英国ヨーロッパ一人旅行記(5)

habarofusukugo 10月13日(土)の朝、横浜港に着きました。これから、午前11時出航のソ連船「ハバロフスク号」で極東ロシアのナホトカに向けて出航予定です。出国手続きは、意外と簡単にすみ、乗船しました。

 ソ連船の印象は、とにかくペイントのせいか独特のにおいがあります。この臭いには最後まで慣れませんでした。10数年くらい後、博多港に入港していたソ連船の船員に声をかけたら、船室に呼んでくれてご馳走になったことがありましたが、この時もハバロフスク号と同じ臭いがしました。

 画像は、ハバロフスク号乗船時にもらったカードです。裏面には朝食、昼食等の食事の時間帯が記載されています。

habarofusukugo03-syukusyou 横浜港出港時の写真をご覧いただいていますが、楽団の演奏とテープによる出港風景です。いつから、テープを岸壁と船の間に渡すという風習はなくなったのでしょうか? コンサートで聴衆が歌手にテープを投げていた風景とともに消えてしまったのでしょうか?
 私には、見送る人がいなかったのでテープはありませんでした。やっかんで、テープを紙テープではなくて、ロープかなんかにして、岸壁の見送りの人と乗船している人とえいや、えいやと引っぱりこしあい、負けた方がもんどりうって海に落ちるのも風情があるのかもと思っていたかもしれません。

habarofusukugo07-syukusyou 船は、左手に日本列島を見ながら北上していきます。やがて、津軽海峡を抜け、日本海に入りました。写真は、ハバロフスク号上の私です。ツアーの一員なのでジャケットにバッジ状のものを着けています。

 ハバロフスク号には、確か3日くらい乗っていたと記憶してますが、食事もまあまあで、夕食の後には楽団の演奏などのアトラクションもあり、また、時間がたっぷりあったせいで、身振り手振りでしたがロシア人船客との交流も多少ありました。英語を試そうと、ロシア人船員にここはどの辺かと、6カ国語会話を手に話しかけましたが、全然通じなくて自信を失いました。

 船酔いも、時化にあったわけではなかったので、ほとんどありませんでしたが、ある晩、洗濯室で洗濯機を回していて渦を見ていたら、少し目が回り気分が悪くなったことが唯一ありました。

 この時、生まれて初めて四方見回しても、島影が無く海ばかりであると実感しました。

nahotokamap.gif

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