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2004.11.08

ソ連のナホトカ港に入港 ’70年代英国ヨーロッパ一人旅行記(6) 青年は荒野をめざす

habarofusukugo06syukusyou 1973年10月15日午後2時に、ナホトカ到着予定でしたが、遅れていました。船内では、お茶を飲んだり、本を読んだりして過ごしていました。

 到着が近いということで、デッキにでていたらソ連の赤茶けた陸地が見えるようになってきました。初めて外国を見る瞬間でした。しかし、見える陸地は、あまりにも荒涼とした赤茶けたものでした。なんとなく、その陸地を眺めていたら、思わず「青年は荒野をめざす、・・・か」と呟いた思い出があります。

 「青年は荒野をめざす」とは、五木寛之作詞で加藤和彦作曲の歌です。その歌詞は、

1.
ひとりで行くんだ 幸せに背を向けて
さらば恋人よ なつかしい歌よ友よ
いま Hum.Hum.
青春の 河を越え
青年は 青年は荒野をめざす

2.
もうすぐ夜明けだ 出発の時がきた
さらばふるさと 想い出の山よ河よ
いま Hum.Hum.
朝焼けの 丘を越え
青年は 青年は荒野をめざす

3.
みんなで行くんだ 苦しみを分けあって
さらば春の日よ ちっぽけな夢よ明日よ
いま Hum.Hum.
夕焼けの 谷を越え
青年は 青年は荒野をめざす

4.
ひとりで行くんだ 幸せに背を向けて
さらば恋人よ なつかしい歌よ友よ
いま Hum.Hum.
青春の 河を越え
青年は 青年は荒野をめざす

 というもので、1968年(S.43)に、加藤和彦、北山修、端田宣彦で結成していた、ザ・フォーク・クルセダーズで歌った曲です。

 この楽曲の元になったのが1967年に出版された五木寛之の小説、「青年は荒野をめざす」でした。私は、この本を読んではいませんでしたが、出版社の宣伝コピーに次のようなものがありました。
 
 「ぼくらにとって音楽とは何か? 人間とは? 放浪とは? 燃焼する人生を求め、トランペットひとつかかえて荒野をめざす青年ジュンの痛快無類のヨーロッパ冒険旅行! シベリア鉄道にのって旅に出る―モスクワ、ブダペスト、マラムレッシュ、プラハ、そしてサラエボ。青年はいったい何を見い出したのか。」
  偶然とはいえ、私の名前もジュンです。

           続きがあります。下の「続きを読む」をクリックしてください。

 この小説や歌で、当時のヨーロッパをめざす若い人達の間では、「青年は荒野をめざす」が一種の合い言葉のようなものでした。

 ロシアの木も生えていないような赤茶けた大地を目の当たりにしたときは、とても高揚した気分にはなれず、落ち込んだ気分でした。寒い日本海がそれに輪をかけていました。

 無事ナホトカ港に入港しましたが、入国手続きにえらいとまどり、外は真っ暗。しかも、同行添乗員がいないため、これからどうなるのかとツアーの全員が思っていた矢先、ヌーと現れたのがインツーリスト(ソ連の旅行会社)の現地案内人。
 これが、暗がりからトレンチコートで不気味に現れ、全くKGBのエージェントそのままで、しかし片言の日本語で「こちらです。」と低い声で言ったものだから、よけい全員の不安感を駆り立ててしまいました。

 この案内人に暗く誘導されて、着いたのが特急「ボストーク号」でした。これで、ハバロフスクまで夜通し走りました。しかし、夜のため、風景は全く見えず。どこまでも、どこまでも暗い私の最初の外国の日、ロシアの最初の一日でした。

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