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2004.12.03

フィンランド・ヘルシンキからロンドンへ飛ぶ  ’70年代英国ヨーロッパ一人旅行記(12)

 10月21日 ヘルシンキ ロンドンに出発する朝でした。目覚ましを6時半にかけましたが、他の人も起こしてしまいました。出発の用意をして部屋を出るとき、4人の仲間が元気でと言ってくれました。

 20Kgくらいのスーツケースを持っていましたが、路面は凍っていて危険でした。タクシー乗り場に向かいました。アル中の男が、タクシーの運転手に絡んでいました。
 
 やっとタクシーに乗り込みました。ベンツのタクシーでした。路面が凍っていても、結構なスピードでした。空港行きのバスのターミナルに着きました。

 30分くらい待つとバスが来ました。そのバスで空港に向かいました。順調にチェックインして、FINNAIRの双発ジェット機に乗り込みました。乗客には一人もアジア人はいませんでした。

 ストックホルム上空を飛び、ロンドンに近づいたのでしょう、スチュワーデスが入国カードを配りはじめました。よくわかりませんでしたが、何とか書き込みました。目的は観光、期間は1~2週間と記入しましたが、滞在先ホテルは書きようがありませんでした。適当にユースホステルのガイドブックを見ていたら、ホーランドホステルとあったのでその名前を書きました。

london_airview_towerbridge_syukusyou 機体が少しずつ下降し始めました。窓の外に大きな市街地がみえだしました。ロンドンです。カメラで写真を撮りました。撮ったときは、全然気づかなかったのですがロンドン橋が写っていました。ヒースロー空港に近くなると、綺麗な2階建ての建物が見えだしました。本当に美しい街だなと思いました。

 ヒースロー空港に到着しました。送迎デッキには大変な人だかりでした。何でも、当時の有名グループのオズモンズが、到着するらしいとのことでした。

 入国管理もそうトラブルはありませんでした。きちんとネクタイをして、所持金は?と聞かれるとトラベラーチェックを見せました。滞在期間のスタンプは6ヶ月を押してくれました。

    続きがあります。下の「続きを読む」をクリックしてください。

 

 london_airview_street_syukusyou 無事、入管を抜け、ロビーに出て、1万円くらいを両替しました。このあと、どうしようと途方に暮れました。ロンドンの地図もないので、ヒースローとロンドンの位置関係も分かりません。とにかく、ロンドンに出ることだなと考えていると、目の前で日本人の方が出迎えと会って嬉しそうに去っていきました。

 タクシーは高そうだったので、バスにしょうと思いましたが、どこでバスに乗るのかも分かりません。ロビーは2階だったので、1階に下りてみました。うろうろ探しましたが、わかりません。疲れて、座っていたら偶然、バスが来て目の前に止まりました。行き先表示に「West London Air Terminal」と書いてありましたので、とにかくロンドンに行きそうなので乗り込みました。50ペンス払いました。

 しばらく乗っていると、終点に着きました。降車して、ターミナル前の歩道でユースホステルのガイドブックを開いてよく見ていると、機内で適当に書いた「ホーランドユースホステル」の近くに「ウエストロンドンエアーターミナル」と記載がありました。
 あれ、ここはあのユースに近いのかと思いました。とりあえず、このユースに今夜は泊まろうと思いました。行きずりの人に、ガイドブックを見せて、身振り手振りでどっちに行ったらいいかと尋ねると、方向を指さしてくれましたが、これが全く逆の方向でした。また、知らない人に尋ねてだんだんユースに近づいていきました。

 エアターミナルからは10分くらいの距離でしたが、迷ったり、重いスーツケースを持っていたので1時間くらいかかり、ホーランドパーク(公園)の入り口に着きました。あまりに疲れていたので、一休みしていると日本人が二人通りかかりましたので、声をかけると、丁度ユースの風呂に行くところだとのことでした。

 ユースに着くと、チェックインには時間がありました。荷物を預けて、公園の入り口で出会った日本人に、この辺でアパートを探したいがどうしたらいいかと聞くと、アールスコートに掲示板があるのでそれを見たらいいとのことでした。
 連れて行ってくれるというので、二人でホーランドハウス(ユースホステル)からアールスコートロードを南に下りました。アールスコートの掲示板の所在が分かりましたので、明日来ることにしてまた、ホーランドパークのユースに戻りました。ユースに戻って、この日本人の青年と少し話をしました。彼は、ヨーロッパを放浪していて、5万円くらいを持って日本を脱出し、今は1万円くらいしか持っていないと話しました。そろそろ働かなければですねなどと言っていましたが、えらいバイタリティのある人でした。

 チェックインの時間になったので、申し込むと3泊しかできないとのこと。住みつく人がいるので滞在制限があるらしい。1泊、朝夕2食付きで1ポンドくらいでした。

 チェックイン後、リビングみたいな部屋で休んでいると、ユースの職員の老人が話しかけてくれた。陶器の本などを持ってきて、私ともう一人の日本人(この人はさっきの1万円の人とは別人)に親切に話してくれるのですが、二人とも全く英語を理解できませんでした。正直、往生しました。

 部屋に行って寝ることにしましたが、この部屋数人が泊まる大部屋で、日本人は私一人でした。ロンドンの最初の夜、また不安な一夜が始まりました。

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