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2004.12.30

英国ロンドン 1973年10月25日 ’70年代英国ヨーロッパ一人旅行記(15)

 1973年10月25日(木)、ロンドン
 ホーランドハウス、ユースホステルの最後の朝を迎えました。ユースを出て、銀行に行き、一週間分の生活費と家賃の43ポンドを支払うために、両替をしました。

 この銀行は、地下鉄のKensington Highstreet駅の向かい側にあるのNational Westminstre Bankでした。

 銀行の後は、Marloes4番地の大家さんのところに行き、家賃を払い鍵を受け取り部屋に入りました。少し、部屋で落ち着いた後は、Bayswaterの不動産屋に行き、9ポンドのデポジットを受け取りました。このデポジットを受け取ったと事は、記録にあるのですが、今となっては何のデポジットの記憶がありません。紹介料の保証金みたいなものかと思います。

 この不動産屋の横の方に、少年と少女の乞食がいました。大きな人形を歩道の柵に立てかけ、その人形の前には箱があり、その中には10ペンスや5ペンスの硬貨が何枚か入っていました。年は、小学生くらいで兄妹のようでした。このような少年、少女はKensington地区には見たことがありませんでした。

 児童福祉や社会保障の行き届いていたと思われるロンドンでもこのような光景があったことに少なからずショックを受けました。当時の福岡では、大人の乞食でさえも見かけなくなっていました。もちろん、ホームレスはいたのですが、お金を公道でもらうようなことはあまりありませんでした。

 ところが、ロンドンではけっこうこのような事を見かけました。ロンドン中心地区である。Charing Cross Roadでもアル中の乞食を同じ場所で毎日見かけていました。この男は、いつもウィスキーやジンの瓶を傍らに置いていて、マッチを売るマッチ売りの老人でした。いつも、ぶつぶつ何やらつぶやいていて、時々ギャーと奇声を発して、ビックリさせられることがありました。

 高福祉、高負担、特に超高率の累進課税により英国病に冒されてしまい、大英帝国の栄光も色あせたロンドンがそこにありました。

 夕方、フラット(アパート)にいても退屈なので、ユースに遊びに行きました。すると、明日福岡に帰国するという日本人に会いました。1年くらいヨーロッパを放浪して、帰るところの北九大の学生でした。帰りのチケットは、日航のかなり安いもので100ポンド(8万円)くらいでした。正規の料金は、23万円以上なのでかなり安いチケットでした。

 当時でも安い飛行機は探せばあったのでしょうが、あまりにも日本では情報がありませんでした。

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