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2005.02.14

中国の田舎、五丈原で谷村新司のTV番組

中国陝西省西安近く三国志の舞台の五丈原

 昨日の記事で、宗像・赤間の中華料理の店「中国菜館 五丈原」を紹介しました。ここで使われている「五丈原」は、中国の陝西省西安の近くにある地名からきているのだと思います。

 五丈原とは、三国志の主役の一人、諸葛亮孔明が亡くなった場所。そして、吉川英治の三国志が終わった場所でもあります。三国志の歴史は、孔明の死後も続いたのですが。この五丈源に、西暦234年に諸葛孔明率いる蜀漢軍と司馬仲達が指揮する魏の軍隊が相対しました。しかし、孔明が陣中で病死した後、吉川英治がそれ以降書いていないため、ほとんどの方はここで三国志が終わったと思っているのではないでしょうか。

 病死した諸葛亮孔明は自分の人形を輿に乗せわざと敵に見せつけました。死んだという知らせを聞いていた魏の軍は、孔明の登場にビックリして、逃げてしまいました。これが、有名な「死せる孔明、生ける仲達を走らす」という言葉の物語です。

谷村新司、五丈原を望む

 ところで、谷村新司という歌手がいます。彼の歌、特に「昴」は、その叙情的なメロディーで中国でも人気があります。そのためかどうかはわかりませんが、数年前に彼が中国の北京でコンサートを開いたことがあります。そのコンサートは、NHKのBSで収録があり放映されました。

 タイトルは忘れましたが、「谷村新司 中国で歌う」とか何とかだったと思います。面白かったのは、彼がそのコンサートを収録したNHKスタッフに、一度でいいから三国志で有名な五丈原を一目見てみたいと申し出て、実際に五丈原に出かけたシーンがコンサートに付随して放映されたことでした。

 吉川英治や色んな物語で有名な三国志の孔明はロマンあふれる人物像であり、谷村新司は、その孔明が陣中死した五丈原のイメージを持っていたのでしょう。私が想像するに、それは、五丈原の名のとおり背の高い草が生えた高原で、風が吹きすさび、荒涼とした古戦場を彷彿とさせる風景かもしれません。

 その五丈原に到着し、谷村とNHKの撮影隊一行は、五丈原を眼下に望む高台に登りました。高台の端に行かないと見えないので、その崖の部分に近づく谷村。そして五丈原が一望に見えた瞬間に、谷村が漏らす感激の表情と言葉を逃すまいとカメラを回したまま谷村の背後から追うNHKクルー。

 いよいよ感激の一瞬です。崖のふちで立ち止まる谷村。なかなか振り向きません。さては感極まったのかと思うと、いきなり振り返って、「ごめ~ん。何かちょっと違うみたい。ここまで来てこんな事言うのも何だけど。」の意外なお言葉。私も見ていて、思わずのけぞりました。

 確かに、その言葉の後、すぐにカメラが崖のふちに寄って映した五丈原と思われる目の下の風景は何の変哲もない中国の平和な農村風景でした。なるほど、この風景では、孔明が死んだ戦場の五丈原のイメージではありません。

 あのNHK、シルクロードで感激させてくれたあのNHK、色んな紀行番組でもこれでもかというくらいのものを映像化するあのNHKが、こんなところで、それも番組の前半で盛り上げたあげく、最高のずっこけ番組をしてくれるとはと大変感動いたしました。

 谷村新司を担ぎ出し、わざわざロケクルーを出して撮った映像です。ボツにするわけにもいきませんし、かといってあの風景を前にして、ヤラセで谷村に感激させるわけにもいかなかったのでしょう。

 人はえてして、様々な場所について、自分勝手なイメージを持ちます。本や映画、人の話から時には、美化したり、恐れを抱いたり、幻想化したりしています。五丈原に対して谷村が持ったイメージ、NHKのくルーの持ったイメージ、そして私の持ったイメージもそのたぐいだと思います。そのイメージが、現場と異なったのは残念と言えば残念なのでしょうが、イメージと異なる現実の方が多いのだと考えさせてくれた良い番組だったと思いました。

 By Jun

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