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2005.07.28

奥目の八ちゃん、岡八郎氏逝く

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okahatiro 「なんばグランド花月」のチケットの入手奮闘記を書きましたが、先日、悲しいニュースがありました。吉本新喜劇の黄金時代を支えた奥目の八ちゃんこと岡八郎氏が亡くなられました。肺炎だったそうですが、胃ガンなども患っていたようでした。

 数年前、NHKテレビで岡八郎氏が何とか舞台に復帰したいと努力している姿がドキュメンタリーで放送されました。娘さんの力添えもあっていたようですが、その夢も空しいものとなりました。岡八郎氏が、舞台から遠ざかってしまったのは、アルコール依存症や夫人の自殺、息子の病死に起因する荒れた生活もあったようです。

 また、フジテレビの人気番組に古畑任三郎と言うドラマがありますが、5年くらい前に岡八郎氏が出演しましたのを見たがことがあります。そんなに重要な役回りではなかったのですが、目を疑いました。吉本新喜劇で見慣れた八ちゃんではなく、痩せこけた全然別な人と思われるような岡八郎氏が出ていました。見なきゃ良かったと思うほどの変わり様でした。

 前にも書きましたが、岡八郎と花紀京(横山エンタツ氏の息子)は、過去、現在、未来において吉本新喜劇の最強のコンビではないかという気がします。花紀京の激烈なボケと絶妙な岡八郎のツッコミとギャグは再現不可能でしょう。「クッサー」、「エゲツナー」、「隙があったらかかってこんかい」等の、このようなギャグは文字で書くと何ともないのですが、舞台で八ちゃんがやると強烈なインパクトと爆笑を起こしました。

 今の新喜劇では、内場勝則 や辻本茂雄の方々が、中心となってそれなりに頑張っていますが、やはり岡八郎と花紀京の時代のパワーとナンセンスにはかないません。個性と個性のぶつかり合い、人情と正義と不条理なにもかもがごた混ぜになって、えもいわれぬ舞台を作り上げていたのが、岡八郎時代の吉本新喜劇であったと思います。

 今の時代には、このようなコテコテの舞台が合わなくなっているような気がします。その証拠に、福岡では地上波では、吉本新喜劇は見られなくなってしまいました。その上、あろうことかスカパーの吉本主催のチャンネル「ファンダンゴTV」さえも、最近は吉本新喜劇を放送しなくなっています。2か月前くらいまで放送していたのに。

 平参平、原哲夫、船場太郎、チャーリー浜これらの人々もいつの間にか見なくなってしまいました。桑原和雄だけが一人頑張っているようですが、岡八郎氏も亡くなってしまい、昭和の思い出がまた一つどこかに行ってしまいました。

(参考)八ちゃんの有名な喧嘩の時に相手をビビらす時に使うキャグ!

指をポキポキと鳴らす仕草で・・・「俺は こう見えても学生時代にピンポンやってたんやど!」
ここで一同 軽くこける・・・「それだけやないで 空手もやってたんや」
相手が ちょっとビビったところで すかさず・・・「まぁ 空手言うても通信教育やけどな!(一同 大コケ)」
そして このあと・・・「スキがあったら 何処からでもかかってこんかい」 のセリフと共に
手でおしりを掻いて匂いを嗅ぎ 「臭っさぁ~」 のギャグへと続く・・・。

 By  Jun

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コメント

無頼の徒さん、今日は。
そうですね。記事でも書きましたが、お笑いの質が変わってきたような気がします。今の、お笑いはエンタの神様でも分かるように、単に目立って笑わせればいいといったものでしょう。昭和の吉本・松竹新喜劇は、笑いだけでなく、強烈な個性を発揮しながら、ペーソスや悲しみもあったような気がします。
芸を身につけた喜劇人は、もう出てこないようなきもします。残念ですが。

投稿: Jun | 2005.08.02 23:04

本当にとても悲しくて残念です。
あの、昭和の新喜劇は、
松竹、吉本の双方とも実にすばらしかったですね。

えもいわれぬ寂しさです。

投稿: 無頼の徒 | 2005.08.01 20:36

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