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2005.08.07

海の正倉院、沖ノ島へヨットでクルージング(2)

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沖ノ島の避難港入港後、社務所へご挨拶

okinoshima0018_syukusyou 土曜日の午後、アクは沖ノ島の避難港に入港しました。1枚目の写真は、岸壁に接近している様子ですが、岸壁には3つの建物が見えます。一番左が、社務所、中央が海上保安庁の灯台整備要員の宿舎、右端が大島漁協の建物です。
 岸壁にもやいを取ると早速、社務所に挨拶に行くことにしました。

okinoshima0024_syukusyou 2枚目の写真の建物が社務所で、白い平屋の建物です。、沖ノ島には、宗像大社の3宮の一つの「沖津宮」があり、このため宗像大社の神職の方が交代でこの沖津宮社務所に寝起きして勤務されています。島の住民は、この一人だけです。沖津宮社務所の玄関の左側に、上陸した人への注意書きの看板があります。看板に書かれているとおり、この島は宗像大社の島であり、島全体が国の史跡、天然記念物に指定されています。そのため、基本的には釣り、レジャー等目的では上陸が禁止されます。沖ノ島に行かれる方は、事前に宗像大社に連絡をして許可を得てから行く必要があります。

沖ノ島は女人禁制の島!

okinoshima0020_syukusyou 唯一、一般人にも上陸が許可されるのが、5月27日の1日だけです。何故、5月27日かというと、実は東郷平八郎元帥とロシアのバルチック艦隊の日本海海戦がこの沖ノ島沖で行われた日が5月27日だからだそうで、この日は、「現地大祭」>と言います。
 色々してはいけないことが看板に書いてありますが、特筆すべきは「古くからの厳重な掟により婦女子の上陸を禁止します」でしょう。つまり女人禁制の島なのです。

okinoshima0022_syukusyou このことは、今でも厳しく規制されています。色々調べてみると、この女人禁制は、女性を忌み嫌っているのではなくて、沖ノ島に来るには昔は、船も整備されていず非常に危ない行為だったので、母体保護の意味で禁止したとの話があるようです。本当かな?
 社務所のドアをノックすると、駐在の神職の方が出てきてくれました。意外とお若くまだ20代の方でした。

社務所駐在の神職の方のお話

okinoshima0023_syukusyou 私は、お名前を聞き忘れたのですが、なんでも故郷は千葉の銚子の近くであるとのことでした。4枚目の写真が、その神職の方です。
 立ち話でしたが、いろいろな話をしていただけました。ここに駐在する神職の方々は、10日交代で勤務するそうです。電気は、島内の自家発電装置で、5アンペアの電力。水道は、宗像大社の井戸と間に合わないときは有志が掘った井戸を併用するとのこと。井戸の水は塩分を含んでいる上に渇水の時もあり、本土からミネラルウォーターを持ち込んでいるとのこと。

okinoshima0025_syukusyou 私達は、沖津宮に行きたいと伝えると、禊ぎをしてほしいと言われました。禊ぎとは、全裸で海に入り、体を清めることです。それと、神職の方は、半ズボンと半袖のシャツでは、途中の山道にはアブやヒルがいるので長ズボンと長袖シャツに着替えるようにとアドバイスがありました。
 5枚目の写真の海が、禊ぎをする場所です。岩場で少し足場が悪いところでした。

       続きがあります。下の「続きを読む」をクリックしてください。

沖津宮に向かう、海の正倉院とは?

okinoshima0028_syukusyou 海での禊ぎを終えると、私はアドバイスに従って、ズボンとシャツを替えました。いよいよ、沖津宮詣りと島内探検です。5枚目の禊ぎの海の向こうに鳥居と坂道がご覧いただけると思いますが、ここが参道です。6枚目の写真は、鳥居を抜けた丘の上から、避難港を望んだもので、社務所とその前の岸壁に小さくアクが係留されているのがおわかりでしょうか。
 手前の大きな石は、山から転がり落ちたものだと思います。

okinoshima0036_syukusyou いくつかの鳥居を抜けて、比較的簡単に沖津宮に到着しました。7枚目の写真が、沖津宮ですが、思ったより小さな建物ですが、途中の山道の険しさ等を考えると、大変な労力を要したであろうと思いました。宗像大社のサイトでも紹介していますが、宗像大社とは、宗像市田島にあり、交通安全のお参りで賑わう「遍津宮」、筑前大島にある「中津宮」そして沖ノ島の「沖津宮」の3宮の総称であります。

okinoshima0030_syukusyou 外観はこんな小さなお社ですが、古くから、国家の安泰と海路の安全を祈って、大和朝廷による重大な祭祀が行われていました。 近年、この島から十二万点に及ぶ古代祭祀神宝が出土し、出土品はすべて国宝・重要文化財に指定されています。 これらのことから、沖ノ島は「海の正倉院」と称されています。これらの財宝は、宗像大社の神宝館で一部見ることができます。(宗像大社サイトの神宝館参照)

山頂の灯台へ向かう、インディアナ・ジョーンズの世界?

okinoshima0032_syukusyou 沖津宮から、山道を灯台めがけて登ることにしました。8枚目の写真にもあるこの山道は、非常に登るのに苦労しました。前日の雨で、滑りやすくなっていたのと鳥の巣穴があちこちにあり、落とし穴みたいなもので、ズボッと足が入ったりします。険しいところには、ロープが張ってあり、それを伝ったりもしました。神職の方から、この島にはヘビはいないと聞いていたのでそれは非常に心強かったのですが、アブには閉口しました。

okinoshima0033_syukusyou 数匹のアブが常にまとわりつき、長袖のシャツの上からチクッと刺してきます。驚くべきしつこさでした。ヒルは、直接には被害はありませんでしたが、灯台で休んでいる時に、ヒルが足下のコンクリートの床の上でうごめいていたのでビックリしました。この山道は、まるでインディアナ・ジョーンズの映画にでも出てきそうな感じでした。

灯台に吹く爽やかな風と憩い

 1時間半くらいかかって、やっと、本当にやっとで山頂の灯台に着きました。 沖ノ島の灯台は、島頂部にあり、高さは200m以上の山の頂にあります。この海域には、こんなに高い灯台はあまりなく、非常に目立つ灯台です。8枚目の写真が、この灯台ですが、驚くことに明治38年(1905年)4月1日に初点灯しました。日本海海戦が同年の5月27日ですから2か月前にあったことになります。

 10枚目の写真は、灯台の建物の屋根の上で休んでいるところです。爽やかな風と綺麗な景色のお陰で、今までの山道の苦労が吹き飛ぶくらいに気持ちよい場所です。何人かの人が、おっかなびっくりで下の方、崖下をのぞき込んでいます。200mくらいの断崖絶壁の下に見えるのが、11枚目の写真です。避難港が見えており、かすかにアクのマストも視認できます。

 しばらく、灯台で骨休めをして下山しました。下山は比較的早く30分くらいでした。

 次回は、島でのヨットライフについてお話ししましょう。

 By  Jun

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