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2005.11.05

昭和の懐かしいCM

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 昭和の懐かしいCMとは異なる話で恐縮なのですが、このブログのプラットホームである「ココログ」から、容量アップのお知らせがありました。具体的には、このブログはココログの「プロ」と言うグレードで運営しているのですが、掲載容量が300MBであったのが、11月1日付でこの最大ディスク容量が10GBと30倍になりました。

 10月末での、このブログのディスク使用量は100MBでしたので、その時点で30%の使用済みであったのが、この容量アップで一挙に1%となってしまいました。今まで、MP3などの音声ファイルは、ファイル容量も大きく、使用するのもためらいがちでしたが、これである程度気楽に使うことができるようになりました。

 それで、昭和の懐かしいCMと言った記事も書けるようになったのです。閑話休題。

 最近封切りになる映画で「Always三丁目の夕日」と言うのがあります。漫画家西岸良平の作品ですが、私もこの昭和30年代をほのぼのとしたタッチで描いた漫画が好きで、喫茶店の備えつけの「ビッグコミック」でよく見ていました。この映画は、昭和33年をモチーフにしており、テレビのある家に他の家の人達が見に来るシーンもあるようです。

 私の家にテレビがやってきたのは、昭和37年であったと記憶しています。シャープ製の白黒テレビで14インチでありました。見終えた後、家の中を見回すとガックリとしたアメリカのホームドラマや少年探偵が、ピストルを撃ちまくりオートバイを乗り回すといった銃刀法違反と道路交通法違反の少年ドラマなどをよく見ていました。

 その白黒テレビの小さな画面でも、インパクトがあったのが初期のCMです。その一つが「明るいナショナル」です。昭和36年頃に始まったと言われていますが、「少年ケニア」などでも流れていたそうです。
 私の記憶では、「水戸黄門」でもCMで流れていたと思いますが、いつ頃までこのCMは続いたのでしょうか。
 それと、祇園町付近にあった旧博多駅の近くのビルに、ナショナルの電球のネオンサインがあり、あ、これが明るいナショナルかと子供ながらに感心したことを思い出しました。

 次は、「ヤン坊、マー坊の唄」です。このCMは、昭和34年に始まりました。ヤンマーはジーゼル発動機の製造会社ですが、当時、ジーゼルエンジンを購入しそうなターゲットは、漁船を使う漁業者や農機具で作業する農家であり、これらの人々は比較的テレビを所有していた富裕層でありました。そして、海でも田畑でも重要な天気予報を流して売り込もうとしたのでした。その天気予報のメインキャラクターが、ヤン坊、マー坊です。
 後に、ヤンマーは「赤いトラクター」で小林旭を起用しましたが、こちらはすぐに消えてしまいましたね。

 最後は、「明治チョコレート」のCMです。これは、なんとグループサウンズの雄、「タイガース」が歌いました。昭和47年のことです。当時、タイガースは「モナリザの微笑」を歌っていました。明治製菓は、この後、「明治チョコレートのグループサウンズ合戦」と言うイベントを打ち、ビレッジシンガーズ、カーナビーツ、ジャガーズ、フォーリーブスなどを出演させました。
 ただ、次の音源のコーラスは、どうもタイガースでないように思えます。女性トリオのスリーグレイセスかなと思いますが、自信はありません。

 By   Jun

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» 「ALWAYS 三丁目の夕日」を観る(少々ネタバレあり) [ちょっとだけ勝手に言わせてもらいます(Blog版)]
 今日は「ALWAYS 三丁目の夕日」を観てきた。 昨日の「TAKESHIS’」 [続きを読む]

受信: 2005.11.06 17:26

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