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2005.12.09

キプロス・ニコシア 空港でも一騒動 ’70年代英国ヨーロッパ一人旅行記(29)

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 ’70年代英国ヨーロッパ一人旅行記の連載です。今回からは、東地中海に浮かぶキプロス島紀行です。

キプロス航空でキプロスへ

 1974年、3月30日(土) ギリシアのアテネ、ホテル・カロリアの一室で目が覚めました。今日は、憧れのキプロスに行く日です。いつもは、ラフな格好で旅をしていましたが、今日は白のカッターシャツ、黒のニットタイ、グレイのブレザーを着ました。と言うのも、空港の入国管理や税関に少しでも好印象を与えようと言う目論見からでした。

 アテネの中心、シンタグマ広場近くのターミナルからバスに乗って、ヘラリコン空港に向かいました。空港で、Cyprus Airway キプロス航空、CY313便、キプロス・ニコシア行きのチェックインを済ませました。搭乗開始のアナウンスが流れましたので、低い床の連絡バスに乗って飛行機へ。

torident_moji 今日搭乗の機材は、トライデント・サンジェットでした。この機種は、短・中距離用でエンジンは3発。ボーイング727より、少し小さいものです。尾翼にはシンボルマークのグリフィンと山羊が描かれています。ちなみに、グリフィンとは鷲の頭と翼と前脚・ライオンの胴体を持つ空想上の動物のことであります。

 午前11時30分、トライデントは離陸しました。窓からは、眼下にアテネ市街、パルテノン神殿も見えました。やがて、エーゲ海にでました。多島海の名の通り、多くの島が見えます。

 ここで、今から訪れる、キプロスのことを考えていました。人口は100万人もなく、トルコ系とギリシア系住民の抗争、英国の植民地であった島、そしてロンドンの英会話学校で知り合った、Gulsum、Hatik、そしてMalikが生まれ育った島、それくらいしか知らない島。キプロス(Cyprus)

キプロスの首都、ニコシア空港へ到着

 やがて機種を下げ始めましたので、窓の外を見ていると緑に覆われた島が見えはじめました。キプロスです。
 ほどなく、着陸しました。ニコシア空港は本当に小さな空港でした。

cyprus-map ターミナルビルに入り、入国管理と税関に向かいました。ローマとギリシアのビザ騒動で、ノービザで来てたので、少し不安でしたが、ギリシアの大使館での、「Japanese are our friends  !  No visa !  No visa !! 」を信ずるしかありませんでした。

 入国管理の係官から、お決まりの「何しに来た? 何日滞在するのか? 金は持っているのか?」など聞かれましたが、「観光、3日くらい、トラベラーチェックを持っている」などと答えましたら、やはりトラベラーチェックや帰りの航空券を見せろと言われましたので、全部見せましたらあっけなくOK。

        続きがあります。下の「続きを読む」をクリックしてください。

英会話学校の友達の故郷、ファマグスタにホテル予約

 係官 「ところで今日は何処に泊まるのか?」  私 「未だ決めていないが、ファマグスタ(東の港町)で泊まりたい。」  係官 「それならそこの案内所でホテルを予約したらどうだ」

 余計なことを言うなと思いましたが、ここで言われたとおりにしなかったらヤバイと思って、渋々案内所に行きました。予約案内所は、税関の中にあるのもびっくりでした。

 「ファマグスタ Fmagusta (Gulsumたちの故郷)で泊まりたい」と告げると、女性の担当者がホテルのリストを見せてくれました。安ホテルから高級ホテルまであるのでしょうが、どれを選んでいいか分かりません。治安が悪いかもしれないので、あまり安ホテルも考え物です。何か事が起こったら、客より先に逃げてしまうのが安ホテルでしょう。高級ホテルも分かったものではありませんが。

 「5ポンド(邦貨3500円くらい)前後のホテルはどうか」と聞くと、「フロリダホテル」を薦めてくれました。電話で尋ねてくれて「空き室があるがいいか?」と聞くので、面倒くさくなりOKを出しました。ここで、予約料1ポンドを払いました。しかし、これは後で宿泊料に算入してくれました。担当者は、フロリダホテルの所在の記載があるファマグスタのタウン地図を渡してくれました。

 後で、よくよく何故入国管理や税関の施設内にホテルの案内所があるのかと考えると、ギリシア系の経営するホテルに泊まらせたいからではなかったかと思いました。当時のキプロス政府自体は、ギリシア系の勢力が強かったからです。ホテルのリストも全部、ギリシア系のホテルに違いないと思いました。

空港ロビーでの両替屋騒動

 やっとロビーにでましたが、ガランとしていて人影もありません。一国の首都の国際空港がこれかと唖然としました。まず、すべきことはキプロスの通貨への両替です。両替屋を探しましたが見あたりません。広いロビーには、男女の外国人カップルしかいません。仕方がないので、このカップルに話しかけるとアメリカ人で英語が通じました。「両替屋は何処にあるのか?」と尋ねると、「そこにあるのだが今昼休み中で、2時頃開けるそうだ。」とのこと。

 2時まで時間もあるので、この二人と雑談をして過ごしました。二人は、半年くらいの旅行を始めたばかりだそうです。まあ、アメリカ人やカナダ人、オーストラリア人たちのエネルギッシュな貧乏旅行は、本当にたいしたものです。すると、アメリカ人の50歳くらいの男性の旅人が私達の雑談に加わりました。一人旅でジーンズをはいてこれもリュック姿でした。本当に、50過ぎても一人で旅をするアメリカ人のエネルギッシュな行動力にはほとほと感心しました。

 2時になりましたが、一向に両替屋は開店しません。アメリカ人の若い男性が、なにやらごそごそと動き回ったら、「3時から開くそうです。」との情報。そんなことなら、最初から3時と言えよと思いますが、こっちは時間はたっぷりあるので、怒る気にもなりませんでした。

 3時になりました。以前、開店する気配はありません。アメリカ人男性が、またまたごそごそ協議。憤然とした雰囲気で「もうすぐ開けるから待て」と言われたとのこと。ロビーには、私達4人しかいないのでそんなことになるのかなと思いましたが、いくら何でも国際空港のロビーだからなと考えると流石に少々腹が立ってきました。

 結局、開店したのは3時40分頃でした。心配していた東京銀行のトラベラーチェックも目出度く両替できました。
 両替後、私が、「ところで、今晩は何処のホテルに泊まるのですか?」とカップルに聞くと「未だ、決めていない。」とのこと。私、「それならファマグスタのホテルに行かないか?」 カップル「どんな街ですか?」 私 「知らない。友達の故郷です。」と、いい加減な答え。 カップル「ホテルは?」  私 「フロリダホテルで1泊5ポンドくらいです。」 カップル 「その値段は私達には高すぎる。他を探します。」とのこと。 この時、このカップルは、実は兄妹だったことが分かりました。

 それにしても、兄妹で半年も貧乏旅行をするとはやっぱりアメリカ人はすごい!!

  By  Jun

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