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2006.03.16

キプロス・ファマグスタ ホテルで銃声が? ’70年代英国ヨーロッパ一人旅行記(32)

 1974年3月30日(土) キプロス・ファマグスタ

トルコ人地区へ散歩に

  夕食後、フロリダホテルで一休みして、散歩に出ることにしました。当時のファマグスタ(Famagusta)は、New cityとOld cityがありました。新しいほうはギリシア人地区、古い方はトルコ人地区でありました。フロリダホテルは、ギリシア人地区に立っていました。

 地図を見ると、トルコ人地区はフロリダホテルの西北方向にありました。Delfi Streetを海岸沿いに10分も歩けばたどり着くようでした。

 ホテルを出て、Delfi Streetを歩き出しました。やがて、右手にヨットハーバーが見え出しました。ヨットやモーターボートがたくさんあり、リゾートならではの眺めでした。

famagusta_map_syukusyoumoji  ヨットハーバーを過ぎると、行く手の薄暗がりの中に城壁が見えてきました。思わず、オーと声が出ました。それほど、不気味で大きな城壁でした。その城壁が、横にズーッと広がっていました。そして、その城壁の上には赤いトルコの国旗が翻っていました。

 ロンドンの英会話学校のティールームで、クラスメートのGulsumにこれがキプロスの国旗だろうとキプロス共和国の国旗を見せた時、私たちの国旗はこれだと教えてくれたのがトルコの国旗でした。その国旗が、現実にあったのでした。

cyprus_famagusta_wall_syukusyoumoji  不気味な城壁にはためいている国旗は、これまた現実の深刻な民族対立を象徴しているかのようでした。近代的で開放的なギリシア人地区とは対照的に、トルコ人はこの城壁の中にゲットーさながらに押し込められているのでした。

シェークスピアのオセロゆかりの地

 今歩いているのは、シェークスピア通りでした。実は、このトルコ人地区には、シェークスピアの戯曲オセロで有名なオセロタワーがあるのでした。オセロは、キプロスを舞台としたj悲劇ですが、このオセロにちなんだ建築物がオセロタワー。

 オールドシティ、トルコ人地区の入り口に来ました。警備の番兵がいました。通り過ぎようとすると、呼び止められました。もちろん、銃を持っていますのですぐに立ち止まりました。トルコ軍の格好のようで、ヘルメット姿に小銃、完全な軍装です。

 パスポートを見せると、すぐに通ってよし。日本人なので、怪しむ風でもなさそうでした。おそらく、ギリシア人の侵入を防ぐのが目的なのでしょう。

othello_tower_syukusyoumoji  オセロタワーに行ってみると、レリーフなどもありましたが別に大したこともないものでした。もうすでに、日が暮れて暗くなっていましたので、これ以上散歩するのも危ないかもしれないと思い、ホテルに帰ることにしました。元来た道を引き返しましたが、人通りも少ないものでした。トルコ人はギリシア人から、ギリシア人はトルコ人からの乱暴などを恐れているので少ないのかもしれません。

ホテルの外で銃声が?

 無事ホテルに戻ってきました。ホテルの入り口に掲示板があり、観光バスでツアーを希望する人は名前と行き先を記入してくれとありました。今まで、観光バスに乗ったことはありませんでしたが、今回は乗ってみる気になりました。

 北の方にカンターラ城があり、城のある山が五本指山(Five fingers mountain)へのツアーがありました。ロンドンのGulsumからもこの山の話を聞いたことがありましたので、このツアーを利用することに決めて、名前を記入しました。出発は、明日の午後、ピックアップは隣のコンチネンタルホテルの前でした。

 寝るのにも早いので、ロビーで手紙でも書くことにしました。居心地の良さそうなロビーでしたので。

 日本への絵葉書を書いていた時、突然、外の方から乾いた音で「パン!」と言う音が聞こえました。

 いつ紛争が起きるかもしれないと思っていましたし、さっきトルコ軍の軍装の番兵が小銃を持っていたの見たせいからか、これを銃声とカン違いした私は、おもわずソファーからずり落ちて床に伏せてしまいました。

 額を床につけたまま、おずおずと見回してみると、ロビーの中で伏せたのは私だけ。数人いたゲストとレセプションのクラークもニヤニヤと私を見ていました。格好悪いといったらありませんでした。どうも、車のバックファイアーか何かの音のようでした。

 そうそうに部屋に引き上げました。寝る前に風呂の準備をすることにしました。思えば、イタリアのアッシジのホテルでバスタブに入ったきりで、シャワーしか使っていませんでしたから、久しぶりです。

 快適な風呂のあとには、ベッドに入りました。ベッド際には、ラジオがありましたので点けてダイヤルを回すと、色んな国の言葉が聞こえてきました。英語、トルコ語、ギリシア語、そしてどこの国か分からない言葉。レバノンやシリア、イスラエル、エジプトにも近いキプロス。

そのうち、深い眠りについてしまいました。

  By  Jun

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