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2006.04.16

キプロス・ファマグスタ この世の楽園 ’70年代英国ヨーロッパ一人旅行記(34)

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1974年3月31日 キプロス・ファマグスタ

この世の楽園、お花畑

Salamis_poppy_sukusyoumoji  サラミスの遺跡を後にして、今度は聖バルナバス協会へ向かうことにしました。聖バルナバスとは、このサラミス付近で生まれたユダヤ人のギリシア正教の聖人でキリストと同時代の人でした。聖パウロと同じ布教活動をした結果、暗殺された人のようです。

 この教会に行くには、もと来た道を引き返し料金ゲートを通り抜け、バスで降ろされた道まで戻ることにしました。

Salamis_portrait_syukusyoumoji  この戻る道の途中で、花が咲き乱れる場所がありました。ピンク、赤や黄色の花が咲き乱れ、まさにこの世の楽園のような風情。春爛漫の光景でありました。このような素晴らしい情景には、この前にもまた、この後にも出会ったことがありません。それも、人工ではなく、自然のままなのですから。

 すると何やらいい匂いも漂ってきました。花の匂いではなく、食べ物の食欲をそそる匂いでした。煙なども見え出しました。

シシカバブのピクニック

 近づいてみると、道端の野原で家族連れがピクニックでバーベキューをしていました。日本で言えば、花見の宴といったところでしょう。花が咲き乱れる気持ちのいい場所で飲み食いをするといったことは、世界中どこでも考えることなのでしょう。

Salamis_picnic_syukusyoumoji  車2台でやってきた家族連れで、車は少し離れたところに停めていました。バーベキューと言った表現は正確ではなく、実はシシカバブーといったところでしょう。シシカバブーとは
羊肉の串焼きで、元来トルコ料理の一つです。この家族連れが、トルコ系キプロス人なのかギリシア系なのかは定かではありませんでした。

Salamis_sisikababusyukusyoumoji  大きな串に、羊肉や玉ねぎ等を刺して焼いていました。焼いているところから少しはなれた所に、布シートを敷き皿などを並べていました。実に楽しげなピクニック風景でした。

 お父さんみたいな人が、一生懸命串を焼いていましたので、撮影許可を求めるとOKが出ました。カメラを撮っている間に、一つ食べて見ないかとの言葉を期待しましたが、それは甘い考えでした。

Salamis_road_syukusyoumojiギリシア正教の小さな聖バルナバス教会へ

 シシカバブの串焼きと別れて、バスから降ろされた道に出ました。西の方を眺めると、2Kmくらい先に小さな森の中に教会が見えました。アスファルトの一本道が続いていましたので、歩き始めました。

 日差しの強い中歩いていくと、やがて教会に到着しました。典型的なギリシア正教の建物でこじんまりとしています。広い中庭には礼拝堂がありました。礼拝堂の中は薄暗く、イコン(聖像)が飾られていました。

 中庭には、一人のギリシア正教の聖職者がいました。白い髭を伸ばして黒い服の方でした。例のトルコ軍侵攻の後、この教会もトルコの支配地域下になりましたので、この方は恐らく、この教会を去る運命となったのでしょう。

Salamis_st_syukusyoumoji  ファマグスタに戻ることにして、この教会を出て、サラミス遺跡のバスから降ろされた所に戻りました。30分間隔でバスが来るとのことでしたので、待つことにしました。この道は、幹線なようで比較的車の往来は多いものでした。

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ヒッチハイクをやる羽目に

 しかし、バスは来ません。木陰も何にもない場所ですし、春とはいえ強い日差しでいい加減うだってきました。カンターラ行きの観光バスの乗車時間も迫ってきていました。こうなるとヒッチハイクもやむを得ません。今までの旅では幸いなことにヒッチハイクをする羽目にはいたりませんでした。

Salamis_bokusi_syukusyoumoji  親指を立てて、万国共通のサインを出しましたが、なかなか車は停まってくれません。最初は、乗用車だけにサインを出していましたが、停まってくれないのでトラックなどにも親指を立てましたが、停まってくれません。

 いい加減諦め気分になったところで、一台の車がやっと停まってくれました。20mくらい先に止まったので、駆け寄りました。英国製オースチン・マリーナの2ドア車で、助手席の男の人がドアを開けてくれました。後席に座りながら Thank you の連発です。

 まず、聞いたのが「あなた方は、ギリシア系なのかトルコ系なのか?」でした。トルコ系の人にギリシア系の話題を持ち出してはまずいからです。返事は、ギリシア系とのことでした。次は、彼らから「どこから来た? 学生か?」との質問。「日本人で学生」と答えました。

Salamis_stbarnabas_sisikebabu_syukusyoum  「どこに行くのか?」とドライバーが聞いてきましたので、「ファマグスタのフロリダホテルだが、途中で降ろされてもいい」と答えましたら、「フロリダホテルは知っているのでそこまで送る」とラッキーな答え。

 車は快適に走っています。彼らは、「トルコ人をどう思う?」との微妙な質問。私は、「昨日、キプロスに着いたばかりで何にも分からない。」とこれも当たり障りのないかわし方。

 これから、トルコ人への悪口雑言。彼らは、私には親切で気持ちのいい人達には違いないが、これほどまで人種対立の根は深いのかと思わざるを得ないほどでした。

 やがて、ファマグスタに入り、フロリダホテルの前に車を停めてくれました。彼らの親切に何か応えてやれるものがないかと思いましたが、適当なものを持ち合わせていなかったので、握手してお礼を何回も述べました。

 次回は、カンターラへのバス旅行です。

 By  Jun

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