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2006.06.12

キプロス・ファマグスタ トルコ人地区へ ’70年代英国ヨーロッパ一人旅行記(37)

1974年4月1日 キプロス・ファマグスタ(トルコ人地区)

まずはレコード店に

Turkish_gate_syukusyoumoji  トルコ人の青年、Alpay(アルパイ)君が、ファマグスタのトルコ人地区の案内を申し出てくれたので、まず、レコード店に連れて行ってくださいとお願いしました。トルコの音楽は、ヨーロッパとアジアの融合した(どこかで聞いたような?)様な雰囲気があって気に入っていました。

ロンドンのトルコ人コミュニティ、ストークニューイントン(Stoke Newington)でも購入しようとしましたが、なかなか見つけられませんでしたので、ここなら売っているだろうと思ったからです

 モスク(イスラム教の寺院)へ行く途中の道にレコード店がありました。駄菓子屋風の店構えで、棚にレコードがありました。店の人は、初めて東洋人が来店したらしく、ポカンとしていました。店のレコードは、傷や外観などは気にもかけていない風で、これじゃ日本では売り物にならないなと言った状態でした。

Welcome_board_syukusyoumoji  いくつか視聴して、5枚ほどのトルコ音楽のドーナッツ盤のレコードを買いました。キプロスで物を買ったのは、後にも先にもこのレコード5枚だけでした。

郵便局でアルパイ君が記念品を作ってくれました

 レコード店を出て、ファマグスタの街の路地を歩き小さな郵便局に連れて行ってくれました。アルパイ君が、切手を数枚買いなさいと言いました。何のことか分かりませんでしたが、言われたとおり局員にお金を渡すと、数枚の切手をくれました。アルパイ君は、これらの切手を封筒に貼り、私の名前と滞在ホテル名を記入して、局員に渡すと、局員が日付スタンプをペタンと押し返してくれました。これで、私のキプロス滞在の記念品が出来ました。

Famagusta_stamps_mojisyukusyou このような習慣は、この辺では当たり前のようで、日本にはないものなので感心しました。日本で、封筒に切手を貼って、局員に差し出して記念にするので返してくれといった時に、局員は理解しないでしょうし、返してくれるのかも疑問です。

 それと注目すべきは、これらの切手です。切手のデザインは、キプロス紛争時のトルコ人の武装闘争を描いています。当時のギリシア人地区とトルコ人地区とが混在するキプロス共和国において、トルコ人地区からトルコ人地区へ、トルコ本国への手紙にはこれらのトルコ人地区オリジナルの切手を使用していると思われます。トルコ人地区からギリシア人地区へ、トルコ人地区からトルコ以外の外国へは、キプロス政府(ギリシア系)の切手を使用せざるを得ません。

Famagusta_picturecard_syukusyoumoji  トルコ人同士の通信には、別系統の郵便システムがあり、通信の秘密の保護と少しでもお金がギリシア系に流れないようにしているのです。ここにも、厳しい民族対立の現実がありました。

モスクへ

次に、モスクに行きました。イスタンブールでも見られるように、かつてはギリシア正教か何かのキリスト教会であったようですが、ミナレット(尖塔)を付け加えてモスクにしています。モスクの内部は、非常に簡素でガランとしていて、何もありません。ただ、メッカへの方向を示すものと階段状の聖壇?くらいなものでした。

Mosk_and_me_syukusyoumoji警察署がホテル?

 次に、何とトルコ人地区の警察署に行きました。と言うのも、アルパイ君は、英国系の学校で勉強しているために、ギリシア人地区に下宿していたのですが、ギリシア人のテロに会い、機関銃の銃声の中をほうほうの態でトルコ人地区に逃げ込んできて、知り合いであった警察署長に保護を求め、昨夜はここの留置場に泊めてもらったとのこと。

 警察署では、アルパイ君は知り合いが多くほとんどフリーパス。昨夜泊まったという留置場まで見せてくれました。留置されている人は、いませんでしたが、そんなに汚くもなく、鉄格子を除けば違和感はありませんでした。

 ここでアルパイ君が、「ギリシア人地区のフロリダホテルは高いでしょう。一泊くらいならこの留置場に泊まれば、無料だし、署長に頼んであげてもいいですよ。」との仰天提案。予想もしない親切な話でしたが、ギリシア人地区のフロリダホテルは、非常に快適で気に入っていたこともあり、いまさら留置場でもないだろうと思い、丁寧に断りました。

Mosk_syukusyoumoji  折角の申し出を断るだけでも良くないと思い、その代わり、首都ニコシアではトルコ人地区のホテルに泊まりたいので、お薦めのホテルがあったら紹介して欲しいと言ったら、「サライホテル」を教えてくれました。このサライホテルには、実際に後で宿泊しました。

 すると突然、一人のガッシリした50歳くらいの男性が留置場に入ってきました。アルパイ君が紹介してくれたこの人は、この警察署の署長さんでした。

 By  Jun

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