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2006.07.10

キプロス ファマグスタで自動車の練習 ’70年代英国ヨーロッパ一人旅行記(39)

Mr_alpay_and_three_turkishsyukusyoumojiトルコ人3人を加えて自動車運転練習

 しばらくバックギャモンを見た後、アルパイ君は、車を借りに何処かに行きました。やがて、ガッカリした顔をして戻ってきて、また何処かに借りに行きました。

 再度、帰ってきた時は3人の男達と一緒でした。アルパイ君は、ほっそりとして何処かひ弱そうな青年ですが、彼ら3人の男達は皆、ガッシリとしていました。

 アルパイ君が、3人を紹介してくれましたが、トルコ人の名前は分かりにくく覚えることができませんでした。年齢は、25歳から30歳くらいのようで、あまり英語はしゃべれないようだが、コミュニケーションはできました。

Three_turkish_policemensyukusyoumoji  どうも、彼らの一人の車でドライブをするつもりのようです。車のところまで歩いていきました。車は、モスグリーンの英国車オースチンで、小型ですがなかなか程度のよい車でした。

 助手席にアルパイ君、運転席に持ち主の男、後席には私と残りの男二人が乗りました。車は、トルコ人地区の城壁沿いに進み、やがて西門から城壁外に出ました。この西門の所で、偶然、ニコシアの空港で知り合ったアメリカ人の兄妹を見つけ、車の中から手を振るとビックリした様子でした。

 西門を出て、サラミスの遺跡側に少し行った道路沿いにガソリンスタンドがあります。ガソリンの給油に入りました。トルコ人の彼等は、ガソリンのことを「ベンジン」と呼んでいました。イギリス英語では、「ペトロール」と言います。

Mr_alpay_and_turkish_syukusyoumoji   乗せてもらっているので、ガソリン代の1ポンド支払いました。給油後、車は走り出しました。エ ンジンも快調で、まさかキプロスでドライブできるとは思っていませんでしたので楽しい気分になりました。

アルパイ君の運転練習

 サラミスの方向に走り、やがて海の砂浜に車は乗り入れました。こんなところで何を刷るのかなと思っていると、広いところでドライバーはアルパイ君と交代しました。どうやら運転の練習をするつもりらしい。

 アルパイ君に「免許証を持っているんですか?」と聞くと、持っているとのこと。しかし、実際に運転の練習が始まると、持っているどころか滅茶苦茶な運転でビックリしました。急発進や急停車、エンスト、コントロールを失うハンドル捌き。トルコの運転免許証も相当いい加減だなと思いました。

Turkish_policemen_at_gate_syukusyoumoji  同情のトルコ人3人、言い忘れましたが彼らは非番の警察官でしたが、さすがに怖くなったらしく、何やらわめきだして、とうとうアルパイ君の運転をやめさせました。彼らもこれほどひどい運転につき合わされるとは想像もしていなかったようでした。

 アルパイ君はアルパイ君で、もう少し練習をしたかったらしく、運転を止めさせられたことには不満だったようでした。

トルコ人地区の歴史を知る博物館で

 練習を終えて、ファマグスタのトルコ人地区に戻ってきました。車は、波止場よりのゲートから入り、オセロタワー近くの博物館に行きました。

Turkish_policeman_and_me_syukusyoumoji  アルパイ君の説明によると、この博物館はトルコ人地区の歴史を展示しているとのこと。その歴史は、戦いの歴史で、展示物も各種の武器、軍旗、軍装等が多くありました。

 博物館の屋上に上がりました。高い建物で、周囲がよく見えました。向こうの方にはモスク、海側には波止場。城壁と波止場の間には、国連軍の平和維持軍の監視哨もあり、監視している兵士の頭も見えました。

 アルパイ君は、景色の説明をしてくれていると、近くに白人の男が一人いてその説明に聞き入っていました。ガッシリとした体格の眼鏡をかけた人でした。

 アルパイ君は、キプロスの紛争の歴史、現在のキプロス政府の行政、司法、立法等の説明を分かりやすく説明してくれました。すると、この白人の方が質問をしましたが、この質問がまた適切で、アルパイ君も説明に熱が入りだし、税金や教育等の話しなどをしてくれました。

Un_post_syukusyoumoji この白人はドイツ人でしたが、ジャーナリストではないかと思うくらい知識の豊富な人でした。3人でひとしきり現在のキプロスについての感想などを話して有益かつ楽しいひと時を過ごしました。

 別れ際に、このドイツの方が、写真を撮ってやるからアルパイ君と私で並びなさいと言いました。モスクを背景に、アルパイ君と私が並んだところを私のカメラで撮ってくれましたが、残念なことにこの写真はどこかにいってしまっています。

 By  Jun

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コメント

Ryuさん、今晩は。Junです。
当時、髪の毛が長かったのは、単に床屋に行くお金の節約と知らない床屋でどんな目にあうかわからないと言う理由でした。
 今では、松山千春のように変わり果てた姿となっています。
 私も、どちらかと言えば若く見られた方です。どちらがよいのかは難しい問題ですが、日本人は欧米人に憧れ、欧米人は日本人を羨ましく思っていたとすればお互い様なのでしょう。
 それでは、楽しい北海道旅行を奥様とお過ごしになれるよう祈っております。

投稿: Jun | 2006.07.14 21:46

Ryuです、お早うございます。
旅の記録楽しく読ませていただいています。
Junさんは一見音楽家みたいですね?当時はロン毛が流行っていました。私の若い頃の写真もJunさんみたいに長くは無いですが、長かったです。
昔、どこかの国で鬚の生えたおっさんに「君はいくつだね?」て聞かれて、歳を言うと「私より10歳も年上ですか?若く見えますね?」て言われました。日本人は若く見えます。反対に欧米系の人は老けて見えます。どちらが良いのでしょうか?
しかし、旅って良いですね!来週、家内と北海道に行ってきます。

投稿: Ryu | 2006.07.11 06:22

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