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2006.07.13

挿絵画家の小松崎茂と岩田専太郎

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昭和大衆文化と挿絵

 挿絵画家という職業をご存知でしょうか。挿絵とは大正、昭和の時代の大衆文化としての映画、演劇、流行歌、雑誌等を彩ったイラストと言えるでしょう。現在では、イラストレーターと言うのかもしれませんが、しかしイラスト、イラストレーターでは挿絵、挿絵画家の持つえもいわれぬニュアンスは伝わらないと思います。

Komatuzakiyamato_syukusyoumoji そもそも、大正末期、人々が新聞を読み始めた頃、新聞の連載小説が広く大衆の人気を集め、この新聞小説に挿絵が登場しました。この挿絵画家の中から後述する岩田専太郎などの名挿絵画家が登場してきました。

小松崎茂と艦船画

 新聞小説の挿絵は、大人用ですが、少年少女には「少年倶楽部」等の雑誌に挿絵画家が出てきましたが、やはり少年用の挿絵画家としては戦後登場した小松崎茂が、私にとっても思い出深い画家です。

Komatuzakiyamatofront 子供の頃から海と船が好きだった小学生の私は、戦記雑誌「丸」を愛読していました。この「丸」は現在でも発刊している稀有な雑誌の一つです。この雑誌には、帝国海軍の艦船の写真が豊富に掲載されていました。この雑誌のおかげで、帝国海軍をはじめとして英国、米国等の戦艦から駆逐艦。潜水艦にいたるまで、代表的な艦船の艦名とシルエットを識別することができるようになっていました。

 雑誌「丸」の次には、少年週刊漫画誌の「少年マガジン」と「少年サンデー」の登場です。この両雑誌には、戦記特集、SF特集そして忍者特集等がありましたが、この戦記特集に「小松崎茂」の挿絵・表紙絵がよく掲載されていました。

Kagewositaite_syulkusyoumoji  小松崎茂は、彼の描く画で分かるように、彼自身も艦船や航空機等に非常な興味と知識を持つマニアであったようです。この豊富な知識と巧みなタッチで描かれた精緻な艦船画は、一目でこれは小松崎茂の作品と分かるほどでした。

 特に、当時大流行であった艦船プラモデルにも彼の才能が光っていました。艦船プラモデルは、大きな箱にパーツが入った状態で売られていました。この大きな箱の表面に彼の艦船画が大きく描かれていました。この箱絵は、雑誌では見ることができない大きなサイズでまた、印刷も丁寧にされていたので、ある意味、プラモデルを買うというよりこの箱絵を買うことの喜びの方が大きかったような気がします。

Iwatasentaro_syukusyoumoji  しかし、この箱絵に魅せられて購入したプラモデルの戦艦大和は、工作を終えて出来上がってみると、箱の画とは似ても似つかないショボイもので子供心にも騙されたと思いました。

 でも、小学生の私にとって最初に感動した画家は、レオナルド・ダ・ヴィンチでもなく葛飾北斎でもなく挿絵画家の小松崎茂であったことは間違いないことでした。

大衆時代小説の岩田専太郎

 大人用の挿絵画家として印象が深いのは、岩田専太郎です。これも昭和の時代、時代小説雑誌等に挿絵画家の第一人者として君臨していた方です。子供のころから、時代小説をパラパラとめくってみると、綺麗な線で妖艶な美人と股旅の旅人の独特な挿絵があることに気づいていました。

 しかし、この独特の挿絵は気になっていたものの挿絵画家の名前も覚えていませんでした。昭和43年のある日、森進一のLPレコード「影を慕いて」を父が買ってきました。このLPは、大変良くできた作品で森進一が古賀政男のメロディーを切々と歌い上げておりました。

 このLPのジャケット画が、秀逸で、これまた時代小説で覚えていたあの独特な挿絵と同じタッチのものでした。この時、初めてこの画の作者が岩田専太郎であると知ったのでした。

 小松崎茂にしろ、岩田専太郎にしろ、彼らの挿絵をイラストと言うことには私には抵抗があります。説明しにくいのですが、昭和、特に30年代から40年代にかけて花開いた彼らの挿絵とイラスト、イラストレーターと言う語感は一致しないのです。

 そして、彼らの挿絵が持つえもいわれぬ雰囲気は、平成のイラストレーターでは決して表現できないものではないかと考えます。丁度、小津や黒澤が撮った映画を、平成の監督が決して撮れないことと同じような気がします。

 By Jun

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17 .面白トピックス」カテゴリの記事

コメント

YOKOYAMA 29さん、お早うございます。Junです。
米空母エンタープライズやホーネットの事をご存知とはYKOYAMA 29さんもなかなかのミリタリー趣味をお持ちのようですね。
さて、お知らせいただいた「第一次大戦」のサイトは本当に良くできていますね。英語バージョンがあることから海外のサイトを参考に作成されているようですが、こういうサイトの存在は大変大事ですし、有益です。
 私は、英国に住んでいましたし、トルコにも非常に好きなものですから、この記事内の「ガリポリ上陸線」を興味を持って読みました。
 実は、CSスカパーの「ヒストリーチャンネル」で、このガリポリ作戦におけるトルコ軍が臆病な軍隊で戦闘でもすぐ逃げてしまうとの英国内の民間の思い込みがあるがそれは間違いであるとの番組を見ました。
 このサイトの「ガリポリ上陸線」でもトルコ軍が大変勇敢に戦ったとの認識を新たにしました。また、チャーチルやアタチュルクそしてアンザック軍の関与など大変参考になりました。
 どのようなことが第一次大戦で行われ、日本がどのような形で関与していたのか、私達は知らなさすぎるような気がします。知ってどうするのかの議論もあるでしょうが、すくなくとも第二次大戦でアメリカと日本が戦ったことを知らない若者達が存在することは異常なことと思います。

投稿: Jun | 2006.07.23 09:37

Junさん、今晩は!YAMAMOTO 29です。
本当に懐かしい感じがしますね。私も子供の頃、「シブヤン沖海戦」でフィリピン沖に沈んだ戦艦「武蔵」のプラモデルを作ったことがあります。その他、挿絵の格好よさに引かれて「ヨークタウン」型で唯一沈まなかった米空母「エンタープライズ」やドーリッドル東京初空襲でB25「ミッチェル」爆撃機を搭載した同型の空母「ホーネット」を作成したことを思い出しました。
ところで話は飛びますが、非常に興味深いサイトを見つけましたので、宜しかったらご覧下さい(1週間ほどはまりました)。
題名は「第一次大戦」です。
http://www3.kiwi-us.com/~ingle/index.html

投稿: YAMAMOTO 29 | 2006.07.23 02:15

Ryuさん、今晩は。Junです。
私もよくプラモデル屋に通って、家ではプラモデルを作りました。しかし、今の子供達は、ゲームやフィギュアで遊ぶことはあっても、工作をしません。物を作らないのです。プラモデルは、パーツをランナーから外し、接着剤で組み立て、それらしいカラーで塗装していました。
たとえ、不細工なものであっても完成したプラモデルは自分の努力の賜物でした。
今の子供達は、色んなものに恵まれているようでかえって不幸なのかもしれません。
私も、プラモデルは作らないかもしれませんが、木製帆船模型には興味があります。時間が取れるようになったら、比較的簡単そうな「ブルーノーズ」あたりから作ってみようかななどと思っています。

投稿: Jun | 2006.07.14 22:18

Ryuです、今日は!
私はJunさんより若いですが、プラモデルの箱の絵をじっくり眺めて戦艦や戦闘機のプラモデルを買った記憶が有ります。箱の蓋を綺麗に切り取り壁に貼り付けたりしていました。多分小松崎さん岩田さんの絵がたくさんあったのでしょう?今でもちょくちょく、おもちゃ屋さんのプラモデルコーナーを覗きますが、もはや作る元気がありません。懐かしい記事を有難うございます。

投稿: Ryu | 2006.07.14 13:43

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