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2008.01.08

ノルウエーからの年賀状

Alpayandpolicemen_3  ノルウエーの首都、オスロからクリスマスカード兼年賀状が届きました。

 この年賀状の主は、35年も前にキプロス島で知り合ったトルコ人の方です。名前は、Alpay Unlu君。

 当時、青年であった彼と私は、トルコ軍のキプロス侵攻前、僅か3ヶ月前にキプロスの港湾都市ファマグスタで出会いました。1974年(昭和49年)4月1日のこの時の、詳しい話は「’70年代英国ヨーロッパ一人旅行記」に掲載しています。

親切なトルコ人青年との出会い  「’70年代英国ヨーロッパ一人旅行記(36)」
http://ninosan.cocolog-nifty.com/blog/2006/06/70_bb13.html

警察署の留置所がホテル?    「’70年代英国ヨーロッパ一人旅行記(38)」
http://ninosan.cocolog-nifty.com/blog/2006/06/post_d7de.html

アルパイ君の自動車運転練習   「’70年代英国ヨーロッパ一人旅行記(39)」 http://ninosan.cocolog-nifty.com/blog/2006/06/post_d7de.html

キプロスの農村で実弾射撃?    「’70年代英国ヨーロッパ一人旅行記(40)」
http://ninosan.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_4628.html

Alpayandpoliceman_2  この出会いをきっかけに、文通を続けました。文通を続けていると、アルパイ君が住んでいたトルコの首都アンカラに遊びに来ないかという話になり、1977年8月にでかけました。

ところが、日本出発直前に、本人のアルパイ君は仕事の都合でイギリスに行くことになりました。職場の休暇は取っているし、格安航空チケットも購入しているしで、キャンセルはできない状態で、アンカラにとにかく行ってみることにしました。

 そこで始まったのが、英語が全く分からないアルパイ君のお母さんと、トルコ語のお早うございますも知らない私との奇妙な二人だけのホームステイ。しかし、アルパイ君の友人、隣人、親戚総動員でのサポートがあり、遠方からの友人に対するトルコ騎馬民族の歓待とはこのことかと思い知らされました。

 ホームステイの後どうしたものかなと思い、サポートのトルコ人に、ノアの方舟伝説の「アララット山」に行ってみたいがどうかと言うと、あそこはクルド人の紛争地区でやめたがいい、行くならカッパドキアやイズミルだろうとのこと。そうして、当時は日本人がほとんど行かなかったカッパドキアやイズミルを旅しました。

Dsc_7875syukusyoumoji その後、アルパイ君は仕事の都合で、ノルウエーの首都、オスロにお母さんと一緒に転居しました。アンカラでは、本人と再会できなかったので、今度はオスロに来ないかということになり、1984年のクリスマスにオスロに出かけました。今度は、めでたく本人と会うことができました。しかし、友人と3人でディスコのクリスマスパーティに出かけて、帰りのタクシーが拾えず、厳寒のオスロの深夜から、恐らくマイナス10度以下で、戸外で一晩過ごした経験は壮絶なものがありました。

 それからも、文通や時々は国際電話で話したりしていたのですが、やがて音信不通となりました。

 すると、一昨年のクリスマスにカードが届きました。突然でビックリしたのですが、何でも家の中から以前の文通の手紙等が出てきて、住所が分かったので送ってみたとの事。

 そのクリスマスカードの私の住所が、宗像町となっていました。宗像町が宗像市に変更されたのが、1981年ですから、25年以上も昔の手紙を見たのでしょう。

Dsc_7878syukusyoumoji_2  クリスマスカードには、メールのアドレスが書いてあったので、早速、返事のクリスマスカードに私のメールアドレスを書いて送りました。 

 すると、昨年7月頃、メールが来ました。半年以上もたってです。そのメールには、もちろんすぐに返信しました。

 そうこうするうちに昨年の暮れ、クリスマスカード兼年賀状が届きました。そのカードには、メールを2通送ったが、返事が来てないというものでした。もちろん、また再度メールを打ちました。

 35年以上も昔、キプロスで2日ほど、知り合った縁なのですが、また交流の機会が出てきたというところです。オスロに遊びに来ないかとメールにも書かれています。

 しばらく外国にも出ていないので、アルパイ君と再会するのも悪くはないなと思っています。

 By  Jun

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コメント

Ryuさん、今日は。Junです。
最近、海外に行っていないので、丁度良いきっかけでアルパイ君の住むノルウェイのオスロにいずれ出掛けたいと思っています。彼は、オスロ、アンカラそしてイスタンブールと3軒家を持っているようで、(最近電話で直接話して知りました。)オスロからイスタンブールにも案内したいとの事でした。
ただ、1週間以上の時間が取れるのが、夏休み時期か年末年始になりますので難しいところです。

投稿: Jun | 2008.01.14 11:17

懐かしい便りが届きましたね!我輩もこの記事を読みながら2年ほど前にJunさんのblogをむさぼる様に読んだのを想いだしました。勿論この記事関連の過去ログは鮮明に覚えています。
海外の友人、いや仕事付き合いの方々とは疎遠になってしまいました。機会が有れば出掛けられてはいかがでしょうか?きっと楽しい思い出話に花が咲くのではないでしょうか?

投稿: Ryu | 2008.01.13 16:34

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