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2008.10.11

トルコ・イスタンブール旅行記 旅の動機と準備  34年前の想い新たに、

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  9月の初めから10日ほど、トルコのイスタンブールに行ってきました。久しぶりの海外旅行で戸惑うこともありましたが、何とか無事に帰って来られました。

 今回の旅の目的と準備について書いてみましょう。そもそも何故イスタンブールなのかと言うと、それは34年前にさかのぼります。 

 1973年の秋から私は、半年ほど英国を中心にヨーロッパを旅行しました。詳しいことは、このブログのカテゴリー 「’70年代英国ヨーロッパ一人旅行記」に、未完ながら書いております。

 1974年の春、学生のヨーロッパ鉄道周遊券であるスチューデントパスが失効した後、私は、ギリシアを経由してキプロス島に渡りました。ロンドンでの英会話学校で知り合った人達がキプロス島出身のトルコ系の人たちであったことが、キプロスに行った大きな理由です。

 そのキプロス島の港町、ファマグスタで一人のトルコ人青年と出会いました。彼の名は、アルパイ・ウンリュウ君。トルコのアンカラから、キプロスの学校に留学していたのでした。
 キプロス島でのアルパイ君との楽しい珍騒動を書いた記事を、この記事の最後にリンクしておりますので、ご覧ください。

 その後、僅か2ヵ月後の6月には、トルコ軍がキプロスに侵攻しましたが、アルパイ君は無事、トルコ本国に帰国となりました。

 下のスライドショーは、1974年4月にキプロスで撮影したものです。BGMがあり、音が出ますのでご注意ください。

 

 

 

Istanbulandcyprus_3

 

 たった、2、3日間しか会わなかったのですが、帰国後、文通が続きました。そして、1980年頃、私はトルコの首都アンカラの自宅へ彼を訪ねて行きました。しかし、その1週間前に急用で彼はロンドンに。そのため、留守宅で彼のお母さんと奇妙なホームステイ。私は、その際、アンカラからカッパドキア、イズミルそしてイスタンブールへと旅をしました。

 1984年に私は、ノルウェーのオスロに住むアルパイ君の自宅を訪問しました。その時は、さすがに再会することができました。

 その後も文通は続いたのですが、いつしかそれも自然と消滅・・・・。

 ほとんど忘れかけていた頃、ひょっこりと彼からクリスマスカードが届きました。私も返事の手紙を書いて、また文通の再開。しかし、現代には電子メールと言う便利なツールがあります。メールをやり取りしているうちに、彼は、体調が思わしくなく、それで早めに仕事をリタイヤしたと分かりました。

 それで私が、何気なく、見舞いがてら会いたい旨のメールを出すと、彼も是非会いたい、何時オスロに来るのか?との返事。彼も体調が悪いことだし、この機会を逃すと、ひょっとしたら会えなくなるのかもしれないし、お見舞いがてらにと私も本気に思うようになり、メールのやり取りの後、9月にイスタンブールで会おうと言うことに。

 何故、自宅のオスロではなくて、イスタンブールかと言うと、アルパイ君はイスタンブールの医者にもかかっており、結構、頻繁にイスタンブールに行っていること。トルコ人のアルパイ君は、ノルウェイ・オスロには見るべきものはなく、トルコの誇るイスタンブールこそ私と会うにふさわしい場所だと考えていたからです。

 このような動機と目的の旅ですから、当然、旅行会社のツアーに乗っかるわけにはいきません。個人の海外旅行は、最低、旅券とビザ、航空券とお金を準備すればいいわけです。旅券は、2年間の有効期間が残っていますし、ビザは必要ありません。押さえるべき最大のポイントは航空券です。

 正規の航空券は、馬鹿みたいな値段ですので、ほとんどの個人旅行者は、いわゆる格安航空券を手配することになります。ネットで手配することも可能だと思いますが、なにしろここ最近、海外には行っていませんので、それも面倒だと言うことで、格安航空券の大手旅行会社 エイチ・アイ・エス(HIS)にお願いすることにしました。

 6月のある土曜日の午後、福岡市天神にあるHISの営業所に行きました。9月の初旬から連休をかませてイスタンブールに行きたい旨を告げると、早速、色々適当なフライトを探してくれました。

 関空や成田からだとフライトも多くて予約しやすいのですが、福岡発のフライトだとかなり安く上がるので、大韓航空(KAL)を中心に探すと、福岡発のソウル・インチョン経由でイスタンブール往復のフライトがありました。

 ただし、9月6日福岡発で9月15日福岡着と9月6日発、9月14日福岡着があり、9月15日福岡着のほうが安いがキャンセル待ち、9月14日福岡着は一日短くなっておまけに航空券代が高いとのこと。

 とりあえず、9月14日福岡帰着の高い方で押さえてもらって、9月15日着の安い方はキャンセル待ちにしてもらいました。時々、電話で状況を聞いていましたが、なかなか9月15日帰着は取れませんでした。しかし、出発の2週間くらい前に9月15日帰着分が確保できたとの連絡がHISから入りました。

 9月6日福岡発、9月15日福岡帰着で、ソウル・インチョン経由の便で、燃料サーチャージを含めて約20万円となりました。

 後は、通常ホテルの手配となりますが、元来私は、ホテルの手配はしないのですが、今回は、アルパイ君が、イスタンブールのペラ地区のインカ・ホテルを手配してくれました。アルパイ君のイスタンブールの定宿だそうです。

 今までの旅行では、これで出かけたわけですが、今回はそうはいきませんでした。つまり、携帯電話とパソコンをどうするかです。

 私のau携帯電話は、海外で使用できませんが、内蔵のICカードをレンタルの携帯に差し込めば、私の電話番号やメールアドレスはそのまま使用できますので、レンタルすることにしました。

 問題は、パソコンです。まず、トルコの回線状況が不明です。インカホテルにメールで回線状況を照会しましたが、なしのつぶて。アルパイ君にもメールで聞きましたが、これまた無回答。イスタンブールにはインターネットカフェもあるようだくらいの情報しかありませんでした。

 あ、それに、私のノートパソコンは大きすぎるし、無線ランも使用していません。それに、そもそも海外で何のためにパソコンを使用するかですが、あれば便利だろうなくらいです。

 小春パパさんに聞いたり、ヨドバシカメラにミニノートパソコンを見に行ったりしましたが、結局は時間切れ。このパソコンの問題は、後で折りにふれて話したいと思います。

(参考)

○アルパイ君とのキプロス島での出会いの記事

・アルパイ君との出会い
http://ninosan.cocolog-nifty.com/blog/2006/06/70_bb13.html

・アルパイ君とファマグスタのトルコ人地区へでかける
http://ninosan.cocolog-nifty.com/blog/2006/06/post_c3c8.html

・アルパイ君の知り合いの警察署長から留置場への招待
http://ninosan.cocolog-nifty.com/blog/2006/06/post_c3c8.html

・アルパイ君の自動車運転教室
http://ninosan.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_bbc6.html

・アルパイ君と農村での実弾射撃騒動
http://ninosan.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_4628.html

○アルパイ君からの手紙の記事

http://ninosan.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_c101.html

By Jun

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