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2009.02.14

トルコ・イスタンブール旅行記 ドルマバフチェ宮殿とトルコの英雄アタチュルク

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2008年9月9日(火)午後3時頃

 プリンスィズ諸島からの帰りのフェリーは、イスタンブールのカドキョイ港に着きました。アルパイ君は持ち前の話好きから、ギリシア人のカップルと知り合いになり、4人一緒に船着場から歩いてドルマバフチェ宮殿に行くことになりました。

 このギリシア人のカップルについては、二人とも社会人のようです。残念ながら名前は聞き損ねました。

 ドルマバフチェ宮殿は、9月7日のボスポラスクルージングの時も、船から見たことがあり、今回のプリンスィズ諸島からの帰りの船上からも姿を見せていました。

高画質ビデオ 海からのドルマバフチェ宮殿(音に注意)

上のビデオは削除されています。

 この宮殿は、1853年、日本で言えば明治維新の頃に建てられ、トプカプ宮殿に替わってオスマン帝国に宮殿として利用されました。

 外観は、西洋風の建物ですが、内部にはハーレムなどもあり、オスマン朝の雰囲気も残っています。特筆すべきは、玄関が海に面しており、賓客は船で船着場に着き、宮殿に案内されたそうです。

 また、オスマン朝の後、初代のアタチュルク大統領もイスタンブールでの執務室として使っておりました。ちなみに、トルコの首都は内陸部のアンカラであり、イスタンブールは首都ではありませんので大統領の正式の公邸ではなかったようです

 しかし、内陸部のアンカラは、アルパイ君とお母さんが住んでいたため、会いに私も行ったことがありますが、海も無く殺風景な所で、マルマラ海の風がそよぐイスタンブールの方が住み心地がよく、こちらの方が気分的にも落ち着いたのではないかと思います。

Mustafa_kemal_ataturksm  ドルマバフチェ宮殿が有名な理由の一つに、初代大統領アタチュルクが、この宮殿の一室で亡くなった事があります。近代トルコの建国の父であるアタチュルク大統領は、トルコ革命の指導者であり、現代のトルコでも救国の英雄、近代トルコの創立者として絶大な崇敬を得ております。アタチュルクについては、別な記事で詳しく述べましょう。

 彼は、1938年11月10日午前9時5分に、ドルマバフチェ宮殿の執務室で亡くなりました。死因は、肝硬変であったそうです。ちなみに今でも、ドルマバフチェ宮殿内の時計は、9時5分を指したまま止まっています。

 アルパイ君のお母さんも、アタチュルクが亡くなった日のことを覚えていて、三日ぐらい泣き暮らしたそうです。アルパイ君がそう話してくれました。

 ドルマバフチェ宮殿の見学には、靴を脱いでそれを持ちながらでした。内部は、写真でご覧のように絢爛豪華です。特に、フランスのバカラ社製のステンドグラスは見ごたえがあります。

 ここで、一緒に見学して、その後イスティクラル通りのお菓子屋さんでコーヒーを飲んで駄弁ったギリシア人のカップルのことですが、私にはあまり理解のできないことでした。

高画質ビデオ ドルマバフチェ宮殿見学

上のビデオは削除されています。

 と言うのも、トルコとギリシアは、隣国同士のご他聞にもれず、仲が悪いのです。トルコのイズミルはギリシアに攻め込まれていますし、キプロス紛争でも争いあいました。

 しかし、トルコ人のアルパイ君とギリシア人のカップルは、そんなことも気にしないかのようにアルパイ君は、一生懸命ドルマバフチェ宮殿やトルコのことに説明をし、ギリシア人のカップルは感心して聞き、時には質問をしたりしていました。

 思うに、外国で暮らして長いアルパイ君の環境もありますが、日本のように島国ではなく、地理的にも歴史的にも異民族と混住しなければならないトルコとギリシアではいがみ合ってばかりでは、どうしようもないのかもしれません。

 アルパイ君もギリシア人の友達が多いと言っていましたし、キプロスでもトルコ人とギリシア人は相互に友達となっている人たちも多いと聞きました。

 もちろんトルコの田舎では、ギリシア人の話をすることはタブーとも聞いていますし、全てのトルコ人がギリシア人と話せる人ばかりではないと思いますが、アルパイ君とギリシア人のカップルが仲良くしているのを見て、トルコ人とギリシア人を改めて見直しました。

ドルマバフチェ宮殿 スライドショー

上のビデオは削除されています。

By Jun

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コメント

Ryuさん、今晩は。Junです。
木で挟まれた指はいかがでしょうか?最新の記事では、かなり快復されたようで安心しています。
さて、イスタンブールの記事、ビデオを多用していますので、仰るようにかなり時間がかかります。
しかし、記事を書くこと自体楽しいし、またビデオ編集も結構面白いことが多く、全く苦になりません。

投稿: Jun | 2009.02.19 21:19

今晩は!
今日は遅くにお邪魔いたしております。
トルコ・スタンブール紀行楽しく見せていただきました。
ヨーロッパ旅行の機会が有れば是非トルコへ行ってみたいと思いました。映像がプロ並みに落ち着きが有り観やすかったです。編集は時間がかかるんですよね!でも大切な記録ですから時間をかける価値が有りますよね!

投稿: Ryu | 2009.02.17 00:41

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